みなさん、こんにちは!
Noble Actionです。
3月は年度末で大忙しの企業が多いと思います。また同時に4月からは新年度で新入社員も入ってきますから、こうした忙しい一方で楽しみな2ヶ月間になります。私たち、Noble Actionも人材募集を行っており「選手に寄り添い続ける」をモットーに一緒に活動するメンバーを探しています。
そこで今回は新入社員の1人である田村優貴(たむら・ゆうき/以下:田村)を紹介します!

指導者の経歴に疑問
田村は小学校2年生から高校まで主に外野手としてプレーしてきました。本人いわく、決して上手くはなかったと言いますが約10年間、グラウンドを駆け巡る中で芽生えた想いは多々あるようです。特に...
「現役時代、スタメンとしてプレーしていなかった人が教える立場になるのはどうなのか?」
指導者になるには多くの要素が必要になりますが、田村はそれ以前に指導者の経歴に疑問を持ったのです。ちなみにプロ野球の世界では「名選手は名監督にあらず」という言葉があり、逆に現役はスーパースターでも指導者になった途端に力を発揮できないという事例もあります。
元々、好奇心旺盛だった田村。スカウトに興味をもったり、教員になって指導者になりたい気持ちがあったり、トレーナーになりたいという多くの興味・関心、夢がありました。その結果、全部獲りで彼の人生は進んでいきます。
野球としては東京都にある「城東ボーイズ」でトレーナー兼学生コーチとして活動することになりました。当時は後にプロ野球は進むことになる寺地隆成選手らがおり、小さな頃から成長を見守り続けてきたのです。
1つの転換期 プロサッカー界へ
こうして野球の指導者をしていた田村でしたが、途中から驚きのサッカー界への転身を遂げました!なぜ急転直下、そのようなことなったのでしょうか。
「昔のオリンピックで当時の東ドイツがアメリカよりも総メダル数が多かったことがあるんです。その事実を研究していた方がアドバイザーとしてそのチームに参加していたことがきっかけです」
「東ドイツがアメリカに勝つ」――
その事実は1988年のソウルオリンピックのことであり、東ドイツの102個に対し、アメリカは94個だったのです。
このアドバイザーとの出会いで、田村はデータや機材を使ったトレーニングに興味を持ち、チーム入りして研究してきました。実際にサッカーチームではユースチームを担当し、どのように選手をスカウトし、輝かせるのか。これまで自分がやりたいと思っていたことを知るプロの元で学び続けていきました。
「五輪で東ドイツがアメリカよりも多く金メダルを獲得した裏側には、徹底した育成と科学がある」
アドバイザーからのこの言葉に感銘を受けて活動を続けてきましたが、ちょうど田村がサッカーチームで活動していた時期はコロナ禍であり、思うような活動ができず後に不完全燃焼でチームから離れることになりました。
人脈の鬼として
思う存分、自分のやりたいことができず、悔しい気持ちが残っていた田村。それでも確実に得るものはありました。
それは「人脈」です!
これまで「自分より優秀な人材を見つけ出す」ことをモットーにし、多くの現場に足を運んできた姿はまさに彼が以前からやりたがっていたスカウト業そのものです!人脈はスポーツ業界のみならず、多くの場所でその効力を発揮していきます。
人との出会いが何につながるか誰にもわかりません。
田村にとってその大きな出来事が私たちNoble Action代表、大野貴弘との出会いだったのです。
大野との出会いを振り返って
「やっと“一緒に働きたい”と思える人に出会えた」と満面の笑みで教えてくれました!
田村がやりたいことは選手育成やスカウト、データ分析と多岐にわたり、まさに好奇心旺盛の一言がぴったりです。これらを1つにまとめるとすれば「人を伸ばすプロフェッショナル」ではないでしょうか。
人を伸ばすことはNoble Actionが掲げる「選手に寄り添い続ける」モットーに合致しており、求めていた人材となります!
これから田村はNoble Actionの新入社員として持ち前の人脈と好奇心旺盛さを持ってさらなる成長を目指していきます!
